「すまない悪魔くん、すっかり巻き込んでしまって」
「ちがうよ。多分…巻き込まれたのは君たちのほうだ。今、人間界と魔界のバランスが崩れかけている。何とかそれを止めなくちゃ」
恐縮する鬼太郎に気づき、救世主は明るい笑顔を見せた。
「それに僕もそのカントクさんに会いたいんだ。人間も妖怪も一緒に暮らしてきたなんて凄いよ!」
やっとの思いでグルントーヘルの城に辿りついた鬼太郎たち一行を出迎えたのは、黒衣の女だった。
それが監督の体から取り出された宿木「マリア」であることに気づき、愕然とする一行。
すでに監督は肉体ごと氷柱の中に閉じ込められ、硬く閉じたまぶたに全く生気はない。
「監督、目を覚まして!」
「もう遅いわ。彼女の魂を殺すのは他ならぬ人間でしょう?」
必死で呼びかける鬼太郎たちを、暗い瞳で遮るマリア。
「何度も何度も信じてきたわ、人間は優しい生き物だと。でも御覧なさい、そう信じたばかりに、彼女の魂は消えかかっている…」
幻を追い続けた愚か者の末路だと吐き捨てる台詞に、あまりに深く悲しいマリアの傷がにじむ。
なすすべのない鬼太郎たちを尻目に、グルントーヘルは言葉巧みにマリアに暗示をかけ、宿主を破壊させようとする。
それは、宿木であるマリア自身の自我にとっても死を意味していた。
グルントーヘルの真の目的はマリアそのものではなく、彼女をバンパネラ一族を手に入れるための完全な「道具」に作り変えてしまうことだったのだ。
殺してはいけない、殺させてはいけない。
グルントーヘルの真意に気づいた鬼太郎たちに、魔物たちがどっと襲いかかる。
グルントーヘルは、中世ヨーロッパにペストをばら撒いた黒死病の悪魔。魔力が強いうえに強力な暗示を得意とし、自ら手を下すことなく人々を破滅に追いやる残忍な性格である。そのグルントーヘルに、たった一つだけ誤算があった。
それは、鬼太郎・猫娘・地獄童子が三種の神器の継承者、この国の神代の力を宿した者たちであると言うこと。即ち、悪魔の結界を打ち破れる存在だと言うことだった。
人と人が信じあうことを体を張って守り抜いた日々、確かに思いを共にした仲間たちの存在を、凍結した笠井監督に思い出させることが出来る者たちこそ、三人だったのだ。
なぜクラウン・ベルが心語を送った相手が自分たちだったのかを悟り、地獄童子が叫ぶ。
「魂呼びだ、みんな力を貸してくれ!」
地獄童子の召還した光が悪魔の結界を裂き、猫娘のかざした鏡にはね返った。
飛び散る光の帯の中に浮かび上がるのは、共に戦った者たちの顔、交わした言葉。決して忘れたくない記憶を胸に抱いた者たちが、渾身の力で笠井監督の名を呼ぶ中、奇跡が起こった。
<黒い聖母
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