ら・むうん畑
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「元気がないな、志郎!剣にいつもの冴えが見られないじゃないか」
同僚の葉隠は、剣の修行を共にしてきた親友だった。
実直で熱い性格のこの青年と、篁は不思議にうまが合った。
「悩み事か?俺でよければ力になるぞ」
よもや、子供を作ることが苦痛であるなどという話を親友にできようはずもなく、篁は自嘲した。
篁が春日を迎えて二年の月日が流れていた。
初夜の一件以来、篁は妻と床に入ることが恐ろしかった。
理由を話すこともできず、妻に対する態度がそっけないものになっていたのは否めなかったのである。
「妻君のことか?」
葉隠は鋭い切込みを見せる。
篁は、一瞬返答に詰まった。
「そう、なんだな?」
細く長い息をついて、篁は頷いた。
「気に入らないのであれば、離縁と言う手もあるぞ」
「そうじゃないんだ、春日が悪いのではない…」
篁は妻を愛していた。
健気に尽くしてくれる妻に、どうしてやることもできず、篁は一人苦しんでいたのだ。
焦れば焦るほど、ますます湧泉の幻影は篁を苦しめた。
自分自身のトラウマのせいだと思い込んでいた篁は、よもやそれが姉の放つ強力な『呪』であるとは思ってもみなかったのである。
そして篁は、その『呪』が自分だけでなく、広範囲の人間を巻き込んでいたことに気づくことになる。


白い花弁が白い鬼を埋め尽くす。
それは、冷たく重い雪になった。
決して溶けることのない花弁の雪。
見開かれた瞳に浮かぶ絶望。
凍てついた長い腕が、白い鬼を抱きしめた。


血刀を下げ、篁は佇んでいた。
肩で息をつく篁の足元には、宗方の家の使用人だった杉田という男が血だるまになって転がっている。
篁の形相は、人のものではなかった。
血の気を失った顔色は透き通るほどの蒼白。
憤怒のために噛み切られた唇は鮮やかな朱。
この世のものとも思えない美しい修羅が篁の顔を粧点していた。
憑かれたように篁は奥座敷を目指す。
そこからは、甘やかな睦言の声が漏れていた。
ためらわず篁は座敷の襖を開け放った。
絡み合う白い体が闇の中に浮かぶ。
雪明りが部屋の中を朧に明るくせずとも、篁にはそこに誰がいるのか悲しいほど良くわかっていた。
驚愕が二つの顔に張り付く。
誰よりも信頼していたはずの親友と、愛しい妻の顔がそこにあった。
凍るような沈黙の後、口を開いたのは春日だった。
「貴方が悪いのです!貴方は私に欲しいものを何一つくださらなかった。見えない、聞こえない、触れられない貴方は私にとっていないに等しい存在だった!私は幸せになりたかっただけなのです!!」
ここにもまた、おのれの絶望に勝てなかった哀れな『人』の姿があった。
篁の視界が、止められない怒りと悲しみで真っ赤に染まる。


闇の中に凶刃が閃いた。







白い鬼の体に、慣れ親しんだ嫌悪が纏わり憑いてくる。
耳に届く熱い吐息。
何よりも冷たい桜の気配。
なすがままに蹂躙される屈辱感が白い鬼を侵食していく。
その時、水底にも似た幻影の底に、凛とした声が響き渡った。
『白乱!!』
瞬間、白い鬼は、己の名を思い出した。
それは湧泉の『呪』に勝てず、妻も、親友もその手に掛け、一族郎党全ての命を奪った自分が、罪を償うために落ちた場所で与えられた新しい名。
『あきらめないでっ!!』
白乱の視界が突然開ける。
体の自由を奪っていた桜の花弁が、一気に舞い上がった。
桜吹雪の中で白乱が見たのは、赤銀の大剣を携えた異国の少女だった。
『!?』
落日を閉じ込めた琥珀色の瞳。
少女は剣を一閃する。
まるで溶けるように空間の桜は両断され消えていった。
『もう一度やり直すんでしょう?こんなところであきらめちゃ駄目よ!!』
初めて聞くはずの懐かしい声。
白乱は渾身の力を振り絞って桜の呪縛を断ち切った。





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